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★Miniature&Dollhouse

<   2015年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧
by bee |
今年もよろしくお願いします<(_ _)>
大変ご無沙汰しておりました<(_ _)>

気がつくと、もう1月も後半に・・・^^; これ以上更新をさぼると
復活できなくなりそうなのでようやく出てまいりました笑

前回の記事の続きになりますが、あれから義母の病状は日に日に
悪化し、新年の三が日を避けるようにして、4日の夕方に帰らぬ人と
なってしまいました。

そしてお通夜・告別式は葬祭場に空きがなく少し待って8日、9日で
済ませ、12日の夜にこちらに戻りました。

義母は、若い頃に始めた習い事の詩吟、大正琴、体操もまだ続けて
いて、夜中に転倒して外傷性くも膜下になるまでは、元気に出歩いて
いた社交的な人だっただけに、この短い間に状況が悪い方、悪い方へと
向かって行って、最悪の事態を迎えてしまったことに家族・親戚は
もちろんのこと、習い事の友人たちも驚きを隠せませんでした。

本当にあっけなく去っていってしまいました。それだけにまだ
ふとこれは悪い夢ではないかと思ってしまう時があります。

義母と最後に言葉を交わしたのは、娘と一緒に息子のライブを観に
行った時で、昨年の3月末でした。

昔の義母だったら、遊びに行っても帰る時は、また会えると言う
気持ちからか割とあっさりしているのですが、その時は、私たちが
帰ってしまうと寂しくなると、いつになく気弱な面持ちで別れを
惜しんでくれていました。

そんな義母を見て、随分年を取って小さくなったなあと感じていました。
「また奈良にも遊びに来てくださいね」と伝えましたが叶いませんでした。

1988年、主人の転勤により広島から東京へ引っ越し、住まいが決まる
までの半年間を私たちは実家で過ごしました。

その後、再び転勤になる1996年まで、実家からスープの冷めないところに
借り上げ社宅としてマンションを借り、実家にはしょっちゅう遊びに
行っていました。

息子は私の実家の方で生まれましたが、娘は東京で生まれ、出産直後は
義母がマンションに来てお世話をしてくれました。

息子と娘は両家にとって唯一の孫で、主人の両親には、手のかかる時期に
傍に居て貰えてとても助かりました。私も、子ども達のお陰で主人の両親に
気軽に甘えることが出来たように思います。
(その分、うちの両親はあまり我が子と触れ合う機会がなく、逆に寂しい
思いをさせて、申し訳なかったかなという気持ちがありますが・・・)

義母とのこれまでのことを振り返ると、イヤな思いをした事がなかったと
言えばウソになりますが、巷で言うような嫁姑問題は一切なく、私は本当に
恵まれていたと思います。義母が私のことをどう思っていたかはわかり
ませんが、主人の実家には1人でも泊まりに行けるほど、そこは私にとって
親しみのある場所でした。

それだけに、今でもまだ義母がもういないことが信じられず、「あの時
ああしてたら・・・」などと、やり直すことなどできないことをふと
色々考えしていまう自分がいます。

↓は、義妹に頼まれて義母のために娘が描いたイラストをカレンダーに
したものです。
b0177946_23462924.jpg
義母は、娘のカレンダーをとても楽しみにしていてくれたようですが、
残念ながら間に合いませんでした。

義母のために作ったこのカレンダーは、息子のバンドの赤いタオルと
ともに棺に納めました。きっと天国で義父と一緒に使ってくれて
いると思っています。

新年早々、少々重い話になってしまいました<(_ _)>

1月ももう少しでおわり・・・そろそろ気持ちを切り替え、自分のできる
ことを精一杯頑張っていこうと思っていますので、これからも宜しく
お願いします<(_ _)>



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by bee | by simple_ordinary | 2015-01-25 00:08 | Daily
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